ありがたい当たり前

~して、当たり前。

こういう言葉は嫌いだ。

 

その人の主観であり、

「当たり前」を使われた人の立場にたたず、また考えようともしていない…気がする。

 

ただ、もし日常に次のような「当たり前」だったら、ありがたい。

 

こんな「当たり前が好きだ」

・家に帰ると、部屋の灯りがついている。

→もちろん、家族が誰かいてる証拠として。

 

・温かい食事が出てくる。

→レンジでチンではなく、手作り。

 

・朝、「行ってらっしゃい」と声をかけてくれる。

→散歩途中の方でもありがたい。

 

だめだ。全然思い浮かばない。

わかることは何かしてもらっていることに感謝する。

 

自分が与えられるばかりでなく、与えることも大切なのだ。

 

「当然」、「当たり前」

なかなか厳しい言葉でもあるが、

反対の立場にたつと見えてくることもあるのだ。

 

今日も1日ありがとう。

 

それでも明日はやってくる。

私は、先輩にありがたい言葉を頂戴した。

 

先輩は、私の行動や態度がもどかしいらしい。

 

知らんがな。

 

それならばということで、先輩自身の言葉で語っていただくことにした。

 

勿論、就業時間の最中だ。

 

自発性がないだの、

物事を考えないだの、

挙げ句の果てにはそれが恥だの

言われたい放題だった。

 

そこで私は聞き直してしまった。

 

「恥?ですか」と。

 

そうしたら、4月からあなた(ここでは私)も

先輩になるのだから、

相応しい行動をしろと言いたかったらしい。

 

うーん、先輩の言い分はある意味では正しい。

 

では、誰ですか。常に忙しそうにしてるのは?

 

頻繁にお手洗いに行かれるのは?

もはやルーティンワーク。

 

もし、私が言いたいことを言ったら、

生意気な後輩の癖にとなるのだ。

 

だから、全部聞いて、思いの丈をぶつけてもらった。

 

多分。

消化不良だと思うけど。

 

話の風呂敷を広げすぎて、戻せなくなった類いのもの。

 

過去の話を蒸し返されて、ムッとしたが、

あれは確かに私が悪いのだろう。

 

 でも、先輩からの視点でじっくり嫌味を聞けたのは良かったのかもしれない。

 

本当に良かったのか。

 

相手が言われて嫌な抽象的な言葉を使われても、こちらが火傷するだけなので、

その言葉の意図することを具体的に聞いてみたのだ。

 

すると案外火傷させたい「恥」という言葉で、効果的な一言に映るのかもしれない。

 

周りを見ろと言われても。

 

周りはビジネスのベテランばかりだった。

そんな人たちからの視野で言われたら、

去年まで学生だった私が太刀打ち出来るわけ

ありゃしません。

 

 開き直ってしまった。

 

忠告は受け取りつつ、

内心では尽く日本の社会て面倒くさ

と思うのだった。

 

最近、胃痛がしてる。

心労かな。

どこか良い病院ないですか。

 

仕事初めと新年の思い

明けましておめでとうございます。

 

といっても、もう6日。

 

初詣に、初売り、

仕事初め、勉強初めなども過ぎて

すっかり、年明けムードはなさそうだ。

 

そういう私も昨日に新年最初の仕事をしてきた。

 

その日の朝は寝汗がすごかった。

 

おそらく、相当会社に行きたくなかったんだろう。

 

多分、去年は喪中の方が多かったのだろう。

うん、何となく。

 

送っちゃまずかったかなーなんて。

そのくらいの気持ち。

 

新年最初ということで、一本早いバスに乗って

 

会社にいくと誰もいない。

当然鍵もかかってるので入れない。

 

まぁ、10分くらい待ったかな。

 

会社の人に新年の挨拶まわりをしないといけないと聞いていたので、

早く来たのが裏目に出た。

 

来年からはいつもの時間にしようっと。

 

すいてる電車は良いけど、寒い外で待つのは勘弁だ。

 

 

私は自分のことでも他人事のように思ってしまう。

 

例えば、進学や就職。

当時としては、漠然と電機メーカーが

良いと思っていたけど、

今となっては自分に合っているかはわかっていなかった。

 

結局入社した会社は電機とは無縁の中小企業。

 

今の自分は正直なところ、もっと経済や家計に関する仕事をしたい。

 

大学院に行こうかなとか思いつつ、それをするために必要な金額をはじくと現実的ではない。

 

ただ、何となく、流されるだけの生活をしていると一生、自分事ではなく他人事になってしまう。

 

それを変える。

 

今年は自分事を探す一年にしたい。

 

しようと思う。

 

抱負まではいかない戯れ言かもしれない。

 

着信音が丸聞こえ

会社がつらい。

 

特段、一人一人に悪い人はいない。

 

ただ、組織としてはあまり風通しが良いとは言えない。

 

上司はいつも忙しそうだ。

あまり、無駄に相談にも行けないし、自分でも考えなきゃいけない。

 

考えた結果で、提出した書類にはコメントと差し戻しの文字。

 

コメントを見ると、文章を改行しろだの見やすくしろだの、何なら分からないのなら聞きにこいだのなど書かれていた。

 

あぁ、お腹が痛い。

 

個人としては普通の人なんだけどね。

 

上司としてはあまり好きではない。

 

そりゃ、下っぱの部下は使って当然。

 

忘年会も「参加」「不参加」の項目があり、

個人としても同窓会の予定が先に入っていたので、不参加と書いた。

 

そりゃ、不参加にする前に聞けばよかったのかもしれない。

 

自分が悪いんだ。

 

注意するなら、知った時点で言ってくれたら良いのに。

 

挙げ句の果てに空気を読み取ってくださいとまで言われる始末。

 

僕は空気を読むために会社員になったのだろうか。

 

空気を読まないから、目をつけられる。

印象が良くない。

 

何の印象?誰のための印象?

 

経営者? 社内の人? 

 

わがままで行きたくないと言ってるわけではない。

 

忘年会はあくまで自由参加のはずだ。

それが、暗黙の了解で強制参加になっている。

 

確かに客観的に見たら、何言ってんの?

いきってるなとか思うかもしれない。

 

それなら、初っぱなから参加、不参加云々

書かずに忘年会は○月×日です。

予定を開けておくようにと明記しておいてほしかった。

 

それなら、私だってすみませんがその日は…

といった具合に相談や連絡もしたであろう。

 

私は連絡がメールで来たら返信もメールで行う。見たかどうかの確認もそりゃするだろうけど。

 

ま、全て私が悪いんだろう。

 

そう思うと丸く収まるのだろう。

全く、今の若いもんはみたいな。

 

本当にそうなのだろうか。

私だけ、小石をぶつけられたような気持ちでいれば良いのだろうか。

 

面と向かって言いたいことを言い放ってスッキリしたいわけではないし、言い返して関係を面倒くさくさせるわけでもない。

 

言えることとしては、一方だけが言うのは、

少しばかり理不尽ではねぇだろうか。

 

あー、ホテルの部屋の壁が薄い。

 

 

社会人と資産形成

学生の頃から、株や金融に興味はあったものの、

そんなものに手を出したら損失するんじゃないかと思っていた。

 

新卒として働き出した今も、給料の数%を何となく定期預金に預けて半年以上が経った。

 

銀行の金利はここ数年0.001%で預けていても増えてはくれない。

 

学校のように自らの資産をどのように増やしていくのか教わることはない。

 

また、社会人の先輩がふらっとこうすれば良いんだよみたいなありがたい言葉も述べてはくれない。

 

ひょんなことから親が作ってくれていた証券口座から、株を購入したのはつい最近。

 

値動きで得することや損することがあるけれど、銀行の金利より高い、配当利回りに興味をもって始めてみた。

 

まだまだ気になるNISAやイデコなど少しずつ幅を広げて勉強しようと思う。

 

株なんか高齢者や中年、富裕層がやるものだろと思っていたが、

給料が増えないであろう私だけでなく、

お金にも働いてもらおうかと。

 

投資や資産運用についてももっと敷居や心理的な壁がなくなったら始めやすいのになと思いつつ、財産を失うかもしれないリスクもあるので、なかなか容易ではなくジレンマが存在してるのかと。

 

 

♪心をこめて~♪と 仕事の影響

私が去年していたアルバイト先で

よく流れていた音楽のワンフレーズである。

 

今まで行ってきたアルバイトは

倉庫内を歩き回されるか、

寒い外での立ちっぱなしか、

店でレジ打ちかといった

立ち仕事が基本だった。

 

この四月から、新社会人になって

晴れて座って仕事をするようになった…

 

腫れたのは私のお尻だが。

 

腫れるというか切れているのだ。

 

今までも何度か切れてしまうことはあったのだが、

 

柔らかいあとに固いのが来ると切れていただけだったのが、

 

いつの間にか何ら変哲のない固さであっても

切れてしまうようになった。

 

力を込めまいとあくまですんなりと促していたのだが、

ビビってしまっている私のお尻がいるのだ。

 

こんな下品な話で申し訳ないのだが、

 

そりゃ、毎日9時間(休憩時間を含む)座りっぱなしならお尻に圧力もかかることだろう。

 

何せ今までそこまでの圧を受けていないのだから無理もない。

 

 

お尻を労ってあげねばと思いつつ、

電車で空いてる席があったらついつい座ってしまう私なのだった。

 

夢から覚めたら

当社は先週がボーナスで、

私も研修期間も過ぎて

もれなくボーナスをいただいた

 

のだが…。

 

夢を見すぎていたというか、

高望みをしていたというか、

 

常識がなかったというか。

 

期待をしていたぶん、もらった額をみて

愕然とし、崖から落とされた気になった。

 

私の基準が高すぎたせいか、

会社がケチすぎるせいなのかはわからないが、

 

何だか空しい気持ちになった昼休みだった。

 

この会社に居ても大丈夫なんだろうか。

潰れやしないか。

 

ボーナスをいただいたにも関わらず、

そんな不安な気持ちが首をもたげたのは

いささか私の心が悪いのか。

 

そんな気持ちとは関係なく、今日も会社に行ってきた。

 

それでも会社は回ってる。

 

 回ってるのは会社だけではなかろう。

 

ぐるぐる経済は回ってる。

 

こうして、スマホをいじってる間にも、

通信料、電気代、電車代等々。

経済を少しずつ回している。

 

そんな実感はないのだけれども、

まるで、天引きされる税金や社会保険料のように。

 

人の行動は経済活動へと直結している。

 

なーんてことを思いつつ、改めて通帳を見ても、やっぱり描いていた額とは異なるボーナスが記載されていた。

 

夢から覚めた。